FRANK DE MULDER

経歴

フランク・デ・モルダーは、国際的な写真家としても名高いベルギーの芸術写真家。過去にもプレイボーイやFHM、 GQ、マクシム、エルなど著名な雑誌と大規模な広告キャンペーンなどを手掛けた。

デ・モルダーの最も目を引く作品は、女性の感情や美しさを親密に表現したもので、著名なteNeues出版グループよりSENSES-感覚 (2007年)、PURE-純粋 (2010年)、GLORIOUS―栄光に輝く (2013年)という 3冊の本を出版している。

そのイメージは決して挑発的ではなく、禁じられた一線の手前でバランスを保っているように見え、そのバランスが彼の写真を美しく、かつ興味深いものにしている。デ・モルダーは繊細な女性の官能美を醸し出し、華奢で、感情的で、なおかつ遊び心と性の魅力を最も美しく見せる。

フランク・デ・モルダーは1963年8月22日にベルギーのゲントで生まれる。少年時代からイメージや光や美に魅了され、彼が12歳のとき父親から初めてカメラをもらう。17歳のときからデービッド・ハミルトンの写真を真似するようになり、お小遣いの全てを写真機材に費やし、光と写真について独学で本から学ぶ。ブリュッセルのRITSで映画監督を専攻し、その後ゲントのロイヤル・アート・アカデミーに移り、優等生として卒業。その後兵役に服し、陸軍の映像部では軍事訓練に使われる「戦争映画」を数本制作した。

彼は、短編映画やコマーシャルの写真監督を務め、カメラマンとしてのキャリアを始め、29歳のときに写真だけに情熱を注ぐ決意をする。その後写真の世界を邁進して、teNeues出版社の写真家として世界で活躍する写真家となる。常に彼の脇にいるのは仕事上のパートナーであるミシェル・ヴァン・ダムで、「タンゴを踊るには2人必要」と言うように、ミシェルが芸術監督、撮影後のデジタル処理などを手掛ける。彼らは共に3つのスタジオを築き、3つ目のスタジオはゲント近くのメレルベーケにある。


インタビュー

時々人に「写真を止めた後、何をするつもりですか」と聞かれると、「その後?写真を撮るだろうな」と私は答える。私は止めることはないし、それ無しには気が狂うと思う。美しさを見たり経験することを止めるなど、決してありえないのだ。

私の助手になりたい、と言うたくさんの人から申し出が来るが、彼らは皆「あなたのケースを運びます。照明も持ちます…」と言い、撮影セットを垣間見ようとする。そのようなことを言われると、彼らは何も知らないのだと思わず笑いがこぼれてしまう。美しい写真を一枚撮るのでも大変な作業である。「幸運なことに偶然にできた」ものなど無い。それは神からのギフトのようなものだ。一日の仕事を終えた後、「2、3枚良いのがあったな」と思えるときだけ、安心して眠りにつくことができるのだ。

モデルと写真家の間に生まれる気は魔法のようである。芸術作品を作ることに全てを捧げて、写真家の腕を完全に信頼するようなモデルと働くことに大きな喜びを感じる。そのような関係があるときにだけ、本当に質のある作品が生まれるのだ。

「彼女は本当に美しく成長した!」と思い、名の知れない両親たちが一緒になって、その子をこの世に送り出してくれたことに感謝するのだ。輝ける白い真珠であったり、暗いサテンのような美しさに、猫のような目とイチゴのような唇に、どこまでも続く脚と、ポルシェの魅力が衰えるような曲線を見る楽しみを私が諦めると思っているのだろうか?

一番素晴らしいお褒め言葉を頂いたのはあるモデルからだった。彼女はヌード写真を撮ったことを両親に何か月も隠していたのだが、その写真はこの本にも載っている。ある日彼女からのメッセージが携帯に届いており、彼女は「やっと母親に打ち明けたら、母親はあなたの写真が素晴らしいと褒めていた」と言っていたのだ。娘が自分の身体を誇りに思い、それを見せることを美しいと母親に思わせることができた、というのは何とも言えないことである。この本に掲載された全ての女性は見るに値する。全てが同等に美しいというのではない。私たちはこれらの作品を一つずつ愛を込めて選び、より集めたのだ。

私においては、人に見て欲しい、という若いときからの願望を満たして楽しんでいる。

感謝を込めて、フランク・デ・モルダー


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